バンコク到着まで、あと1時間半。
バンコクでは、
家でお菓子を放っておくとすぐアリが出るし、
暑くて子供の外遊びは日の高い時間は難しいし、
渋滞はヒドイし、
何かと不便なんだけれども。
その不便さが愛しくなる。
便利すぎない国、タイ。
在タイ歴は、気付いたら7年目になった。
これまでの人生の、1/5をタイで過ごしている。
社会人になってからは、半分以上をタイの国で生きてる。
7年の内訳の半分以上(4年)は以前の駐在妻生活だったが、
私は駐在時代より、
今のこの「海外移住生活」が気に入っている。
『海外に住むこと』は、
私の中学時代からの夢だった。
小3-4を登校拒否で過ごし、
中学から始まった英語の授業の影響で、
「世界は広い!私が好きなように生きていい土地がきっとあるんだ!」
と思うようになった。
英語に夢中だった。
小3-4と学校に行ってないくせに、
英語は毎回ほぼ100点。
偏差値は常に70越え。
ついでに他の勉強もできたから、
学年で常に成績はTOP3に入っていた。
頑張れば、自由を手に入れられると思ったから。
中学時代の私は、勉強が趣味だった。
まぁ、高校で音楽に目覚め、
成績はワースト10に落ちるのだけれども。
憧れの海外生活を手に入れながらも29歳で離婚したのは、
もちろんパートナーシップに問題があったこともあるのだが、
「駐在」は「海外」にいながらにして、
すごくその実日本的な中身があったことと、
やはり「期間限定」であるため、
いつか日本に帰るということが、
いつもチラついていたからだ。
だから、思い切って方向転換した。
私は、ずっと海外に住めるようになりたかった。
今の旦那さんとは、
「アジア」をテーマにした、都内の朝活で出会った。
4つも年下だと思わなかったし、
29歳まで埼玉草加を出た事のない彼が、
こんなに早く海外移住をするようになるとは、
思いもよらなかった。
ただ「アジアでビジネスをしてみたい」という彼の熱意と、
世話焼きで飄々とした人柄が好きになった。
彼は…
幼い頃、いつも私を甘やかしてくれた、
お父さんに似ていた。
中身も、外見も。
もちろん、当時はそんなこと、
全然気付いていなかったけれど。
初めてのデートで、結婚を意識したと思う。
お互いに、将来を考えられるようなお付き合いを、求めていた時期だったから。
出会って2ヶ月後、
先にアジアでのビジネスの話が来たのは、
実は私の方だった。
タイのチェンマイで、
宿泊型健康施設(リトリート)の、
マネージャーをやらないか、というお話。
さっそく彼を、
チェンマイの現地視察に誘った。
それまでの彼を見れば当たり前だが、
最初は航空券を取るのも渋っていた。
けれど私は、一緒に見に行かないなんて考えられなかった。
結果、一緒に行った。
これが、どうやら、
ちょうど今からまる3年前のこと。
昨日、
スワンナプームバンコク国際空港に着いたとき、
旦那さんが気が付いた。
視察に来たの、ちょうど3年前じゃない?
あのときと同じ空気を感じた。って。
あれがハネムーンになったかなぁ。
そして過去の写真を振り返ってて気付いたのだけれど、
ちょうど1年前の4月4日、
旦那さんの仕事の用事で、
はるを連れてチェンマイへ行き、
私はそのリトリートを再訪。
別な健康施設になろうとしていました。
その3年前2013年の視察滞在のときに、
彼が直接現地で「タイで働く日本人」に会ったことで、
彼のアジアビジネスへの熱意が加速した。
そしてその滞在のときの私は、
なぜか足を挫いたり、
お財布を置引に取られたりで、
全く頼りない現地ガイドだったため、
彼は自分の脚や手で、いろいろと経験することができた。
私へのビジネスオファーは、
結局条件を合わし切れず破談にしたのだけれど、(これも勇気要った)
彼はこれ以来、ずっとタイでのビジネスを模索していた。
このビジネスオファーを断る前に、
最後の連載コラムとして書いていた記事がコチラ。
>>> 「バンコクマダム録【最終回】
「はみジャパ」ガール、結婚する。の巻。」
未だにこのコラム読んでました!ってお声を頂きます。
改めて駐妻さん達&自分らしく生きたい人達に読んでもらいたいなー♡
そんなこんなで、
出会って100日目に入籍。
入籍した翌月に妊娠。
彼と暮らしだして、初めて来た生理は、
なんと先月。
産後まる2年でやっと来た生理が、
初めてだったね。笑
そんな妊娠4ヶ月のときに、
旦那さんにタイでのビジネスのご縁ができて、
諸々身の回りの準備を固めて、
妊娠7ヶ月後半。
2013年11月下旬。
スーツケースと段ボールだけで、
タイへ移住。
ここから私達のオリジナルライフが、
本当の意味で始まったんだな。
予算オーバーで一生懸命住む場所探したね。笑
ホテルにお祝いしてもらう♡
その後、
2014年3月にタイで出産。
憧れだったサミティベート病院で。
出産するなら、絶対この病院がいいって思ってたんだ。
そして、
2014年11月に、旦那さんが起業。
私も、産後1年くらいから、
タイ語教室とコーヒーセミナーという、
スモールビジネスを始めた。
現在に至るまでに、
そんな経緯があったんだなぁ、と。
特に、ちょうど3年前に2人で来た、
バンコク-チェンマイ視察のことを、
とても懐かしく思った。
今回はそんな回想録。
当時の自分を客観的に見ると、
改めてなんだか面白いわ。